父は、学生時代から社会人になっても野球を続け、バドミントンやソフトボールも楽しむスポーツマンでした。身体を動かし、人と関わり、いつも元気に見える人でした。
そんな父が一人で暮らすようになってからも、電話をすればいつもの声が聞こえる。それだけで、私はどこか安心していました。
「最近どう?」と聞くたびに、返ってくる言葉はいつも同じでした。
「大丈夫。」
「心配いらん。」
「ちゃんとやりよる。」
父が「大丈夫」と言うのだから、大丈夫なのだろう。そう思っていました。心配していても、深く聞けば嫌がるかもしれない。元気そうな声を聞けたのだから、それでいい。私も、どこかで安心したかったのだと思います。
そして、最後になった電話でも、父はいつもと同じように言いました。
金は足りてる。
ご飯も食べてる。
大丈夫。
父との最後の会話でした。
父は90代ではありません。100歳近くでもありません。まだ60代でした。
介護も、相続も、老後のお金も、まだ少し先の話だと思っていました。準備は必要だと分かっていても、「今すぐではない」と思っていました。
しかし、現実は待ってくれませんでした。
「大丈夫」という言葉の向こうで、父が何を抱えていたのか。私は気づけないまま、あれほど活動的だった父はセルフネグレクトの状態に陥り、誰にも助けを求められず、孤独死しました。
もっと連絡していれば。
もっと顔を見に行っていれば。
「大丈夫」の一言で終わらせず、もっと話を聞いていれば。
もっと早く、相談できる誰かにつなげていれば。
結果は変わらなかったかもしれません。それでも、私は今でも考えます。
父は本当に、
大丈夫だったのだろうか。
父は本当に、一人で良かったのだろうか。あの日から、この問いが私の中から消えることはありません。
